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ユニット制デザイン事務所、Uniが発信するあれこれ。

アヴェンジャーズIWの発声可能上映をマーヴェルオタのデザイナーが見に行ってみた!

先日、名古屋で開催されたアヴェンジャーズ・インフィニティ ウォーの発声可能上映(絶叫応援上映)に行ってまいりました。
楽しかったよ!という感想を期待している人は、すみません。
今回は割と、否定的な内容となっています。
結論としては、「思ったほど楽しくなかった」。
(前書きが長いので、本題から読みたい人はこちらからどうぞ。)

記事の内容的にネタバレに配慮しながら解説するのは不可能に近いので、後半からネタバレありで書いていくつもりです。まだ見てないよ!って方は申し訳ありませんがUターンをお願いします。

で、なんで面白くなかったのか。
いくつか理由がありますが、それは後ほど詳しく解説したいと思います。
ごめんね。さっさと書きたいんだけど、ネタバレ踏みたくない人のためにも行数稼いでおきたいんだ…前置きなんぞどうでもいいわボケ、って方はザーッと流し読みしてください。

当初3,000文字くらいで書くつもりが1万字超えたんで。1万字なんて余裕っていう頭が変な人だけ読んでいただければOKです。


では行ってみよ〜

■そもそも発声可能上映って何??

情報の早いインターネッツ界隈の人にとっては今更そもそもの話なんて愚問でしょうが、ご存知ない方のために少し補足すると「発声可能上映」とは、普通のマナーの厳しい(喋ったり騒いだり音を立ててはいけない空気での)映画館でのお行儀のいい鑑賞ではなく、「この映画なんだからワイワイ見ようぜ」っていうスタンスで行われる上映会です。ロキちゃんのあのシーンで「ああっ…!!!!」ってなったり、キャップのあのシーンで「ウォォォォォォオオオオ!」って言いながら映画を見られるわけですね〜


■そもそも、映画はどうやって見るべきなのか問題

正直、私は日本の映画館での「映画鑑賞のマナー」について元からモヤモヤしている人間です。だってお行儀よすぎるんだもん。映画ってそんな大層なもんなのかよ、ケッてなもんです。まあこんな事言うとすんごい怒声が飛んで来るんだろうな〜、Twitterだったら炎上するんだろうな…

いやもちろん、静かに見た方がいい、素晴らしい作品は多々あります。静かに見るのに向いている作品も多数あります。

例えば忠犬ハチ公のハリウッド版の「HACHI」とか、この前なんかすごい大ヒットした「La La Land」みたいな意識高いやつとか、ヒュー・ジャックマンが大好きな私が3分くらいで「暗すぎる…」と寝落ちした「レ ミゼラブル」とかをガヤガヤ見ていたら確かに雰囲気がデストロイ…

ので、「どんな映画でも大騒ぎして見るべきだ」などとは思っていません。

とはいえ!!!映画って、基本的には娯楽のはずです。特にマーヴェルなんて、娯楽作品の権化と言っても過言ではないと思います。

大笑いしたり、ヒヤヒヤしたり、驚いたり、悲しんだり…

「そんなの関係ねえよ映画館なんだから静かに見るべきだろ。映画館だってそう言ってるじゃねえか!」

って思う人、きっとまだいる事でしょう。ウンウン、そうだね、その通り。
じゃ、ちょっと立場を変えて考えてみてもらいたいと思います。


■クリエイター目線で映画のあり方を考えてみる

私はデザイナーで、クリエイターなので、一度、そっち側(作る側)に立って物を考えてみましょう。

さあ、あなたは映画監督です。

数年に渡る構想と撮影…

トラブルの数々、ギャラの支払い、出演者のスキャンダル…!

あれやこれやの難関を那由多の数ほども乗り越え、いざ!!

クランクアップした作品が!!とうとう!!!

全世界に向けて公開される!!!

そんなとき、どう思うでしょうか?

「オラ、ゴミムシの愚民どもが。ワタクシ様が苦労して作った偉大なるこのグレェ〜〜トな作品を、てめえらはしっかり目ェかっぽじって、正座して、お行儀よく静か〜〜〜に鑑賞しやがれこのクソがァァ!!」

…と、思う監督が世の中には何人かいるのかもしれないですが、まあ少なくとも私だったら思いません。サイコパスで自己愛強いのを自他共に認めるナルシストサイコパスな私ですら思いません。


「みんな楽しんでくれるかな。笑ってくれるかな。泣いて笑って、みんなのいい思い出になるといいな…あと、当たり前だけどしっかりヒットしてくれたらお金がたくさん入るから、どうか成功しますように!!!!うなるほど金になりますように!!そのためにみんなが喜びますように!!!です。



■日本人真面目すぎる問題

なので、作っている間、作り手は「観客をどう驚かそうか、どう楽しませようか」と試行錯誤して脚本を書いたり演出をしています。

例えばもし自分がホラー映画の作り手側で、「黙って座って最後まで見ていられるホラー」なんぞ作ってしまったら、それっきり映画など二度と作りません。だって、そんなもの駄作以外の何物でもないもん。「あ、俺才能ないわ」ってなること間違いなし!

その映画を見たことが強烈なトラウマになり、
悲鳴の一つや二つどころか、子供がオシッコを漏らし、大人もオシッコを漏らす!!何コレ!!

脱糞するほど怖い!!!

それが「ホラー映画としての大成功」(の一つ)ではないでしょうか。

にも関わらず、日本の映画館のマナーというのは極めて「学校の授業の受け方」に近いものです。繰り返される「喋るな」「静かにしろ」「他の客の迷惑にならないようにしろ」などなど。

見る側も見る側で素直に真面目なのでそれを何も考えずにそのまま受け入れて「悲しいシーンなのに誰もさほど泣かない」「ネタシーンなのに誰も大爆笑しないで押し殺してる」という状況によく遭遇します。

おそらく国民性も影響していますが、ネット上で色々な意見を見てみても、「ポップコーンの音すらうるさい」「横のやつが臭い」「飲み物を静かなシーンで飲むな」など、他人の立てる音にやたら厳しい意見が目立ちます。


■海外の映画館はその辺が結構ゆるい

一方じゃあ、例えばアヴェンジャーズ、マーヴェル作品であれば、本国であるアメリカなら、どういう風に鑑賞されているか。

これはアメリカ人の友人情報なのでもちろん例外もあるでしょうが、基本的には、

隣の見知らぬクソゴツいヒゲもじゃのおっさんがわんわん泣いている」
「超美人で上品そうなお姉さんがデップーちゃんの下ネタで大爆笑してる」
「めっちゃみんなヤジを飛ばす」
ヴィラン(悪役)が後ろに迫ってたら、後ろ!!後ろ〜〜!!って言っちゃう」

と、そういう状況だそうです。

つまり映画館自体も「わざわざ作品を鑑賞しに行くところ」というより、「非日常のエンターテイメントをワイワイ楽しみに行くところ」な訳です。

私も昔、一度イギリスに滞在していた頃に映画館に行ったことがあるのですが、その時も観客は普通に泣いたり笑ったり吹き出したりしていました。

驚きのシーンがあれば、隣の全く見知らぬ人と思わず顔を見合わせ、「今の、見た!!?」「…見た…!!」と目を見開きながらアイコンタクトをとって、映画が終わる頃にはエンドロール後の林完治」の文字をバックに、「なかなかやるな!」「ふっ、お前こそ!!」みたいな変な絆ができていたりします。

黙って鑑賞する事を否定はしません。そして全ての映画をそう見るべきとは思いません。最初も言いましたが、黙って見ることで余韻が残る映画もたくさんあります。


ですが、ことヒーローものに関しては、
「ちょっと日本人は感情を押し殺しすぎなのでは」と思うのです。


一度めに今回のアヴェンジャーズを見に行った時なんて、啜り泣きすら聞こえず、劇場を後にする際にはお葬式状態。


いや、泣けよ。トム・ホランドがあんなんやぞ!!
泣けよ!あれは号泣するシーンだろ!!!!!!!


楽しいかそれ!!だいたい、アヴェンジャーズだぞ!!
ビール片手に「Whoo hoo!」って見るもんだろうが!!
何のためのヒーロー・アクション映画だよ!!
私が監督ならこんな無表情で見られたらもう二度とその国で上映しねえ!!!



ヒーロー映画は静かに見るべき高尚な「お作品様」などではないのではないか。
泣いて、笑って、感じて、楽しんで、日頃のフラストレーションをブッ飛ばしてくれる!!そういう楽しみ方をしてもいいものなんじゃないか。

てか、そうあって欲しい。

これが、私のヒーロー映画に対する現状認識と不満です。

あー長くなった。疲れた。もう本題、投げ出したい。めんどくせえ。
ぶっちゃけ誰も読んでないだろこんなん。長いよ。あ、一万字超えた。
どこまで書くのよ。キャラも安定できないよこんな長文…

でもまあ書き始めたからにはオチはつけないといけないよね…

私の中の1ミリも流れていない関西人の血がオチを付けろと言っている。



そんなわけで、
さてここからやっと本題です。

「発声可能上映って結局、どうだったのよ?」

答えとしては、「映画そのものと、主催のイベント運びによる」です。


シン・ゴジラの時と今回の発声可能上映との違い

私、発声可能上映は2回目なんですよね。1回目はシン・ゴジラでした。
ちなみにシン・ゴジラ自体は4回見に行きましたが、お友達であるmis●caのマ●モトサトシ氏は8回行ったと相変わらず小刻みに揺れながら言っていたのでその点では敗北しました。上には上がいる。

で、1回目のその、シン・ゴジラの時の発声可能上映はすんごく楽しかったんですよ。でも、今回のインフィニティ・ウォーの絶叫応援上映はちょっとつまんなかった。

ってことで、その違いは何だったのか、色々と思い出しながら理由をまとめていこうと思います。先に言っておきますが、私は今回、絶叫応援上映を主催した配給会社さんや、それに関わったであろうイベント関係者の方々をディスりたいわけではありません。

あくまで私が感じてしまった、
「ここがあんまり良くなかったんじゃないか」という意見の一つです。主観です。
以後、思い出しつつ、時系列に沿って書いていきます。


■いきなり、キャプテンアメリカを発見。

とりあえずチケットを発券したところ、やたらハイクオリティなキャプテン・アメリカがいることを発見。え、何それヤバない?今風に言うと、あれ、やばたにえんとか言うあれだぞ?とか思いながらも、チキンな私は声をかけることがなかなかできず、気づかないフリをしてポップコーンの列に並ぼうとしました。

その直後です。可愛い女の子がキャップのコスプレの人に喋りかけているのがわかったのは。いきなりだとちょっと緊張するが、2番めならいける!!

私は便乗すべく、即座にUターン。

「あの〜…」と、キャプテンアメリカのシールドデザインのリュックをみせ、「実はファンでして…と」様子を伺い、とりあえず一緒に写真を撮ってもらい、全身でいくらくらいかかったのか、何処で揃えたんだなど、失礼な質問をぶつけてなおかつ写真まで撮ってもらい、大喜びです。映を前にテンションはマックス!!先日入金あったし盾買うぞ!!と意気込む私。
(ちなみにシールドや衣装は大須にあるダークサイドさんで揃えたそうです。盾は6万ほど、服は全部で30万近いそうな)

チケットを片手に、ワクワクしながら席に座る私。
隣は何だか線の細い感じのお兄さん、左隣は若い女の子たちが並んでいました。
みんなソワソワ。
入ってすぐ目に入ったのは、テレビ局のカメラ。

なるほど、何処かの局がこのイベントに協力するとかしていて、どんなイベントだったのか会場の雰囲気とかを後で流すんだろうな、とその時は思いました。
思えばシン・ゴジラの時の上映でも、テレビ局のかたがきていましたし。
今回も同様なのでしょう。
MCにアナウンサーの人がきて、発声可能上映会の説明をします。

そして、そのアナウンサーの人の自己紹介や、イベントの説明などが最初に説明され、ようやく発声可能上映そのものが始まるわけです。
今回、やたら爽やかなイケメン風のお兄さんがスポットライトを浴びて入場。何やらとても本格的な感じです。(実はここから嫌な予感がし始める)


シン・ゴジラの時にもテレビ局は来ていたが…

シン・ゴジラの時もテレビ局は来ていましたしMCもいました
が、説明自体は簡素で、どっちかというとオタクイベントでした。

オタクしか来るわけないんですよね。

だって庵野ゴジラだぜ。
オタクしか来ないよ。
なので会場の雰囲気はというと、何というか、「少しアングラな感じ」だったんですよね。かなりの人がゴジラの被り物してたし。コミケっぽいと言うか。

注意事項もそんなにキチキチじゃなく、緊張感はありませんでした。
浮足立つような、変なオタクの熱気だけです。

で、今回はというと。

コスプレイヤーがほとんどいない

まず思ったのは「あれ?あんまりコスプレいないぞ」ということ。

シールドまで持った凄いクオリティのキャプテンこそいましたが、「いかにもな全身タイツのスパイディ」とか「ハルクになりきってる被り物の人」とかはいませんでした。

場所がミッドランドスクエアだった事もあるのでしょうが、「現地で着替えないでください」というルールが事前に敷かれていたことと、発声可能上映をするよ!というお知らせからチケットの販売までそんなに間が空いていなかったので、準備する人が少なかった事もあるかもしれません。

とはいえコスプレだけがこうしたイベントの醍醐味ではありません。

あくまで目的は楽しく映画を見る事です。
お行儀よく黙って見て、最後はお葬式状態のアヴェンジャーズではなく、泣いたり笑ったり憤ったり驚いたり、感情豊かに楽しむことができるアヴェンジャーズを私は観に来たんだ!

しかし。
そうはいかないんですよねこれが。

■余計なMCの発言と禁止事項でげんなり

MCの自己紹介の後、まず禁止事項がある事が告げられました。
全部を覚えてはいませんが、こんな感じです。

ルール無用で何でもありです!
②ヤジは飛ばしても良いが下ネタや性的なヤジは禁止
見た目に関するヤジも禁止
お客様同士のおしゃべりも禁止
会場が手配した鳴り物以外の持ち込み禁止

一見、「そりゃそうだ」と思えるルールです。何も間違っていません。

いや矛盾はしてるけどね?ルール無用なのに禁止事項あるのかよ。


が、これらのルールとMCの司会運び、様々な要因が重なった結果、主観ではありますが「まあ…これじゃない」感満載の応援上映を味わうことになったわけです。



ルールの説明の後、「大声を出す練習」と称して、MCが「アヴェンジャーズ!」と言ったら観客が「ウォー!」と言う、練習をすることになりました。(ここらですでに頭の中には疑問符が発生)

どうやら、「みんなで」「アヴェンジャーズを」応援しよう、という事のようです。
なるほど「絶叫応援上映の応援ってそういうことか…」と納得。
まあ、良いわ。個人的には「映画そのものの応援」のつもりだったけど。うん。


■メディア的なメタ認知のせいで色々と台無しに

そんで、叫ばされたわけです。


「ウォーーーー!!!」

ふう、やれやれ、そろそろ上映が始まるのかな?


「あ、もう一度!!カメラさんがOK出すまでウォー!を続けてくださ〜い☆」

…まさかのやり直しよ!!!!!!!
しかも局の都合だよ!!!

さて、この時点で気分は萎えっ萎えです。


なぜでしょう。何が悲しくて、わざわざお金を払って、普段なら滅多に来る事もないミッドランドまで来て、テレビ局の為にこんなバカみたいな掛け声を何度も上げさせられねばならないのか。

この瞬間、私の中では「オタクどもがノリノリで楽しんでる良い絵を撮りたいテレビ局と、そこにまんまと集めさせられたバカなオタクの1人」という絵が思い切り頭に浮かびました。浮かんでしまった。

多分、ここで変に動画の都合など匂わさず「あれ、みんな思ったより声、小さいですよ!!絶叫しに来たんでしょ!!?マイクに負けないほど腹から声出して叫べェェェェ!!!!」とか煽ってくれたらまだ、非日常の世界にいる自分のままでいられたかもしれません。

が、そんな事言われたら意識するじゃん!!!しちゃうじゃん!!!

ああ、ここは舞台の上なのか、と。

「テレビの中という非日常のなかの人になる為に」集められた、
「アメコミ映画イベントに集まる訓練された熱心なオタクとして」
「見世物にされるんだ」と。


確かに番組の進行上、盛り上がりまくっているシーンは必要な絵面でしょう。

わかります。ものすごくよくわかりますよ

私だって向こう側に立っていたら同じように思うに決まっています。
だって広告屋だもん。デザイナーって広告作るのが仕事なんだもん。
「良い絵」の為なら大概のことはする、そんな基地外集団のマスゴミと、ある意味ではメンタルは一緒だもん。

欲しい絵のためならブサイクはフォトショップするし、髪の毛だって増やすよ


でも今回に関しては別にみんな、
テレビに出たくて映画館に来たわけじゃねーよ


さらに最悪だったのは、「まさかサノス側の人はいませんよね!!?サノス側の人〜!(挙手を求められる)」という余計な言葉。

あのね。この状況でサノス側名乗れるやつ、居ると思う?ネタならともかく。
そもそも、サノス側じゃいかんのか!?


そもそもマーヴェルがここまで人気になったのは、アイアンマンの格好よさやグラフィックの美しさだけが理由ではありません。

ヴィランにも理由がある」ということがマーヴェル、いやヒーローもの作品を輝かせる要素な訳です。

ロキが葛藤しながらソーを見つめるその姿に。
父を殺した親友と戦わねばならないグリーン・ゴブリンの悲しみに。

 

魅力的で感情豊かなリアリティあるキャラクターたちに、観客は共感し、ヒーローと、ヴィランと共に葛藤を味わう。

そしてそのヒーローの葛藤やヴィランを倒した時の爽快さは、ヴィランの葛藤が深ければ深いほど、ヴィランが魅力的であればあるほど、輝く。

その葛藤を乗り越え涙ながらに正義を為す輝かしいヒーロー達に、自分を投影し、痺れ、憧れる…!それこそがヒーローものの醍醐味!!!!

なのに、なにそれ??
MCさん、マーヴェルが好きだって言ってたよね?

本当かよ。本当だとしたら貴様はマーヴェルの何を観てるんだ。


サノス応援したっていいじゃない!!!!!


地球人半分死ねって思ってる締め切り間際の人間もここに居るんだぞ!!!




■結局、ルールと規制が大好きな日本人…

①ルール無用で何でもありです!
以下を見ていただければわかる通り、ルール、ありまくりです。


②ヤジは飛ばしても良いが下ネタや性的なヤジは禁止。
…え?映画の内容が下ネタだらけなんですけど???
(これには観客からも上映中、下ネタを発するキャラに向けて「こっちは下ネタ禁止だぞ〜!」と言うナイスなツッコミが入っていました。)

いや、わかるよ?
サノス出て来た時、キンタマコールしたらテレビで流せないもんね。

でもさ、キンタマって劇中で言われてるじゃん??
普通やるでしょ、キンタマコール。
ケツに入れてた目玉とか出てくるのに?
デッドプールも控えてるんだぞこっちは!!
下ネタ駄目な奴がマーヴェル見に来る訳ないだろ!!


③見た目に関する(ディスる)ヤジも禁止。
え、ガモーラに対して研ナオコって言っちゃダメなの?マジで?

ま、これも理解できます。「ブサイク引っ込め!」とか言うやつ居るかもしれないと思ったら、禁止した方が安全です。

でも、禁止の仕方が曖昧なことと、日本人的な感覚で「禁止」と言われると、もうこれは「そうなりそうなものも含めて全部禁止」な訳です。

つまり、「何なら言ってよくて何を言っていいのかわからなくなる」ので、そうなると人は「何も言わない」と言う反応になります。

当然、盛り上がりづらくなるよね。


④お客様同士のおしゃべりも禁止。
私としては、正直これが一番、やらない方がよかった禁止事項だと思います。
シン・ゴジラの時はそのルール、正直記憶にないので、多分ある程度OKと言うか、特に取り決めをされてなかったんだろうと思います。

今回はネタバレ防止の意味もあってかおしゃべり禁止。
横の人とキャッキャ言いながら見たかったのに。
どうせ日本人はこんな時ですら小声でしか喋らないのに…

これについては少し詳しく書きたいと思います。
おしゃべりを禁止することで起きる弊害について。

よく、みなさん耳にする事はありませんかね?
『幼稚園の子どもの声がうるさい』ってやつ

もちろん、うるさく感じるにはいくつか理由があるでしょう。物理的な問題もあります。ここで言いたいのは心理的な問題です。「なぜ無害なはずの子どもの遊び声が特定の人にはうるさく感じるのか」。

これに関しては「騒音」ではなく「煩音」という概念があることを、騒音問題総合研究所という所の代表である、橋本典久さんが指摘しています。(ブログがあるようなので詳しくはこちらをどうぞ)

「煩音」とは、「騒音とは異なり、音量にかかわらず聴く人の心理状態や人間関係などの要因によってわずらわしいと感じられる音」のこと。

どれだけ対策をしても、音が小さくても、人は音を聞いて不快になることがある、ということがあります。この原因は、「不安感」と「関係性」なのだそうです。


「顔も知らないどこぞの躾がなっていないガキの声」はうるさいけど、「2丁目に住んでる山田さんの娘のユキコちゃんの声」はうるさくない


絶叫上映でも同じことが言えます。

私の隣に座った女の子は、自分でも声がデカい自覚のある私よりもはるかに大きな声で、しかも金切り声をあげて耳が裂けるかと思うほどの音量で、キャラクターの名前を何度も何度も叫び続けていました。

絶叫可能なはずなのに、同じキャラクターを好きなはずなのに、私はなぜかそれがうるさくて仕方がなく、とても不愉快でした。


彼女はスパイディグッズをたくさん持っていたので、多分スパイダーマンを推している子だったのでしょう。私もスパイダーマンは大好きです。
きっかけさえあれば、仲良くなれたに違いありません。

ゴジラの時、私の横に座った男の子は、蒲田くんに似せた帽子をかぶった男の子でした。私は上映中にその子とチラチラと目を見合わせながら、「来たぞ来たぞ!」「来るぞ!」「来た〜〜!」などと、喜んで観ていたことを覚えています。その子がゴジラの熱線シーンで叫んでも、ちっともうるさいとは思いませんでした。

会話が禁止ではなかったことで、「知らないどこぞの誰か」ではなく、「蒲田くん帽子をわざわざこのために作って来た男の子(とそのお母さん)」という関係性ができていたためです。

今回はどうだったか。

「会話禁止」と言われた以上、到底話しかけることも憚られます。

右の、誰かが死ぬシーンではぐすんぐすん泣いていた痩せたお兄さんはもちろん、スパイダーマンという共通点があるはずの左隣の女の子ですら、私にとって「赤の他人」にしかなりませんでした。

「会話を禁止されたことで、関係を構築できなかった」ためです。

そして、冒頭にあった禁止事項とテレビ局が番組に使うための「発声練習」があったことによりさらに、そこに「普通の人とは違う、異様なオタクの代表格」が彼女であるかのように映るのではないか、という不安もが追加されました。


特に新潟の女児誘拐殺害事件で犯人の友達がアニメオタクだったなどと報道されてしまっている昨今、よもすると「たかが映画(とそのキャラクター)に、ここまで発狂する危険な集団」という受け取り方をされかねない訳です。でも、

もしも彼女と、一言、二言でも、劇中に話す機会があったなら。

私は彼女をうるさいと思ってしまうことなく、むしろ彼女と、楽しかったね!と言い合いながら外に出て来ることができたでしょう。


だいたい、会話禁止してどうすんの?
他人の絶叫聞くだけになっちゃったじゃんか。



■一体感出すには、ちょっとキャラクター多すぎる

今回はゴジラの時と違って、アヴェンジャーズなので、会場には色々なキャラクターが好きな人が来ています。キャプテン推しの人、ロキちゃん推しな人、兄上推しの人、スパイディ推しの人、アイアンマン推しの人など、色々いるわけです。

ゴジラの時にもみんなそれぞれ推しのキャラクターはいましたが、メインはゴジラなので盛り上がるタイミングが分かりやすく、みんなでゴジラ!!ゴジラ!とコールするなど、異様に一体感が生まれやすい条件が揃っていました。

しかし今回は、そうではありません。
一体感、という点でいうならばブラックパンサーの「ワカンダ フォーエバー!」くらいのものでした。


■エンターテイメントとしての映画体験を期待していた。

そんなこんなで、
「キャラクターが多すぎて一体になる暇もない」
「まさかサノス側なんていませんよね?」による思想統制
「テレビ局の都合でダメ出しが出る導入」
「あれはダメこれはダメお客同士での会話の禁止=関係の構築難」
など、様々な要因が重なった結果、

「みんなで」
「ルールの通りに」
「空気を読んで」
「一体となって」
アベンジャーズ側を」
「応援しましょう!」

みたいな空気に…


もちろん、これはあくまで個人的な意見だし異論はあって当然で、むしろ私の期待感が間違っていた可能性も充分あります。
Twitterでこうしたモヤモヤを吐き出したところ、何名か同意していただけるご意見も得られましたが、逆に「そんなことは微塵も思わなかった!」という方ももちろんいることでしょう。

うん、いいんですよ。それはそれで。

ただ、私は「それは違う」ってなったよっていう。

メタ的に、広告業の人間として考えてみると、私がカメラマンやディレクターであれば、あの冒頭の「ウォー!!」とか、鑑賞後のシーンで興奮した観客のインタビューなどが撮れればそれで仕事としては完璧です。

でも、こちらは「エンターテイメントとしての映画館」に足を運びたかった、ただのマーヴェルファンだったんですよね…
日本的な、お行儀の良い映画鑑賞体験じゃなくて、隣の席にいる人とうっかりコミュニケーションが発生してしまうような、そんなエンタメとしての映画を、迷惑がどうとかマナーがどうとか気にせずにただ普通に楽しみたかっただけな訳です。

ルールで縛り、適切な思想で、適切にヒーローをただ応援してくれれば、確かに放送コードに引っかかることもない「良い絵」が撮れます。
配給会社も満足するだろうし、面白いイベントを手がけた人もしっかりクライアントなりユーザーなりにアピールできて、テレビでそれを見る人も「なんか面白そうなことしたんだな」と思えるでしょう。

でも、私は、ただのマーヴェル好きとして、「思ったことを思ったように、感じたまま映画を楽しみたくて」映画館に来たわけです。

和気藹々と、何も考えず、テレビ局の事など知らずに。



■普通に映画を楽めるんだと思っていたのに…


愛すべき我らがロキちゃんのあまりにもあんまりな死に涙したり、


ガモーラを殺さねばならなかったサノスの顔を見ながら苦しんでみたり

兄上がケツの穴から出て来た義眼を入れる所で爆笑してみたり、

ドクターがガクブル状態で未来視してるの見て膝を叩いて笑ったり、

雷神モードになった兄上がワカンダで一瞬のうちに敵をなぎ倒すのを見て、
いざヒーロー来たらん!!と大興奮して「イャッハァーーー!」と叫んでみたり、

謝りながら消えていくスパイディとトニー・スタークを見て、
理不尽さに血管ブチ切れで男泣きしたり…


そういう事がしたかった。
そしてそれができるんだろう、と思っていました。



なのに、いざ行ってみたら、
"みんなでアヴェンジャーズのヒーローを応援するショー"の観客役」をやらされて、気付いたら自分が見せ物になっている事を思い知らされてしまったわけです。

期待していたファン同士の交流もさほど生まれず、一体感もなく…
「映画を見ながら周りに合わせて声を出させられるエキストラ」の一員にされる。

「応援したい訳でもないキャラクターへの絶叫をただ聞かされる」


偉そうなことをいいますが、「一体感は作るものじゃなくて、生まれるもの」なんだと思うんですよ。偶然発生するから、「掛け替えのない体験」になり得る訳で、「みんなで一緒に、誰それを応援しましょう、さん、はーーーい!」なんてやられたらぶち壊しもいいところです。


■オタクってのは馬鹿の集まり


誤解を恐れずにいいますが、オタクはバカです。
好きなことのために数時間トイレも行かずに1万3000文字も書くことができたりするんです。
そんなバカなオタクが、発声可能上映のようなコスプレOKイベントにはやって来る。

基本的に、マーヴェル物でアベンジャーズまでわざわざ見に来る層というのは、結構コアなファンです。10年前に始まったMCUをきちんと追っていないといけないし、そのためには何本も映画を見なくちゃならないし、何ならマーヴェル以外の映画も知っていないと笑えないようなギャグもぶち込んで来る。

つまり「オタクとしての解像度が高いオタク」です。
そして「オタクは黙って良いもの見せておけば勝手に身内で結託する」生き物です。

多分、「主催側がそこら辺をわかっていたか、分かっていなかったか」、そして「そういう人たちが集まっていたのか、そうじゃなかったのか」、が、シン・ゴジラとアヴェンジャーズの発声可能上映の違いになって出てきてしまったのではないか、と思います。


「みんなで一緒に正義の味方を応援しよう、おー!」みたいなアンパンマンドラえもんみたいなことを言わなくたっていいんです。

鳴り物だって、会場手配以外禁止!とか言わなくても、変なもの持ち込む人がいたらその時止めれば良かっただけです。

オタクを馬鹿にしてはいけません。

むしろ先に「ピコピコハンマーOK」と書いておくだけで、会場で手配なんてしておかずとも、ムジョルニアの形にしたピコピコハンマーを自作して持って来るヤツが絶対にいたはずです。

わざわざ「練習しましょう、絶叫しましょう、サノス側の奴なんていないよね!」なんてわけのわからない同調圧力をかけなくたって、むしろ「みんなと同じであれ」という世間一般の正論からはるか遠くの世界に住んで、好きな物のことを片っ端から調べ上げ、「これが好きなんだ!」「キャプテンアメリカになりたい!」みたいな、ある意味すごく原始的な欲求を満たすためになら、コスプレ衣装のためだけに30万も使っちゃうような連中の集まりです。

ほっとけば勝手にライブになるし、人目を気にもせずに盛り上がるし、好き勝手の限りを(常識の範囲内で)やり始める、それがオタクです。

そのくせ、世間から気持ち悪いと思われたくないという繊細なマインドを併せ持った面倒臭い生き物、それがオタクです。

ああいった一体感と没入感を必要とするイベントにおいて、「メディアの存在」「綺麗事で包んだ大人の事情」というのは決して表に出してもプラスには働きません。

「ディズニーランドに行ってみたら、うっかり見えたミ●キーの中身がヨダレ垂らして女児を見つめる変質者だった」みたいなもんです。


■色々言ったけど、最後に

もう思いつく限り、色々言ってすでにこの時点で1万2000字超えです。

自分でも読み返したくない。誰が読むのかもわからない。それでも、もしここまで読んでくれた人がいたとしたら、狂気の沙汰です。本当にありがとうございます。


何やかんやとネガティブなことばかり書きましたが、それもこれも、オタクの愛ゆえと受け止めていただければ幸いです。


あー、オタクで良かった!!!!
マーヴェルありがとう!!
ロキちゃんありがとう!!!!
みんなありがとう!!!





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